・それでもボクはやってない(ネタばれ注意)2007/03/03 23:59

ネタばれ注意
本文中にはこの映画を見ていない人が知りたくないであろう情報が含まれていますのでご注意ください。

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映画「それでもボクはやってない」をかるた堂店主、フリーデザイナA氏とともに見に行った。内容は痴漢冤罪事件の裁判劇で、満員電車の中で痴漢に間違われた青年が無実を主張しつづけたがために、刑事裁判に巻き込まれるという話。

映画は淡々と事実を積み重ねながら経過を追い、裁判劇でよくある一発逆転とかの盛り上がりもない。再現実験で被害者証言の矛盾が明らかになる場面と、唯一の目撃者で主人公の無実を証言してくれる女性が見つかったあたりが盛り上がるといえば言えるのだが、結局主人公が有罪判決を受けて映画は終わる。

この映画を見てわかったのは、

(1)
「有罪」というのは、特定の裁判官によってそう判断されただけで無実かどうかとは関係がない。

(2)
検察が無実ではないと確信して起訴した被疑者を無罪にすることは警察機構に対する反対意見なので、「無罪判決」を出したくない裁判官は多い。

ということだ。

(1)はおぼろげにそう思っていた気もするが、よく考えてみると「有罪判決を受けた被疑者は無実ではない」という意識になっていたことに気がついた。実際に有罪判決を受けた人が無実であるということがどれだけあるかはわからないが、今後裁判の結果を見る目が変わることは確かだろう。

(2)に関しては、こういうことがあるのだということを初めて知った。言われてみればそういうこともあるだろうという気がするが、主人公と同じように酢こんぶも「無実のものが有罪になるはずがない」と思っていたので、そういう理由で無実の者が有罪になる可能性があるというのは衝撃だった。これが事実なら、マスコミや世間の注目度によって判決が左右されるなど簡単に起きそうな気がするが、、、。このあたりは警察と利害関係のない一般市民が裁判に参加する「裁判員制度」が始まれば改善されるものなのだろうか?

ところでもうひとつ気になったことがある。主人公は被害者の証言だけで起訴されるが、公判では現場の状況について詳しく説明し、それを補強する事実や証言も明らかになる。対して被害者の証言が補強されるような事実は提示されない。そして主人公が犯人であるという客観的な証拠はない。この状態で有罪とするのはいくらなんでも無理があるのではないだろうか?流れとしては主人公有利に見えるのに、結局(2)の理由の方が「疑わしきは罰せず」という立て前よりも優先してしまうということ?

もしこれが作劇上の不備ではなく、監督の長期にわたる取材の末に到達した結論(つまり現実)なのだとすると、たとえ無実であったとしても刑事裁判だけは避けるようにしたいと思うのは酢こんぶだけだろうか、、、。

あ、わかったぞ。本当に無実なのに刑事裁判を受けることになったらできるだけマスコミに露出して、より多くの人が注目するようにして公判内容も詳細に公開すれば、裁判官もヘタな判決を出せなくなるから自己防衛できるのでは!

、、、あ、これはほんとは無実じゃないときにも応用がで(以下都合により削除)(^_^;

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